今回の記事では、現役研究者視点の化学メーカー研究第3回ということで、日本最強の化学メーカーと名高い信越化学について解説していきたいと思います。
信越化学といえば塩ビとシリコンウエハーの会社というイメージを持つ方が多いかと思いますが、今回は他ではあまり語られることのない、信越化学が強味を持つ機能性材料のシリコーンについても詳しく解説していきます。
動画で説明:塩ビとシリコンウエハーだけじゃない!日本最強の化学メーカー・信越化学を徹底解説!【化学メーカー研究】
信越化学の概要

まずは信越化学の概要です。
信越化学の正式名称は、信越化学工業株式会社です。信越と名の付く通り発祥は長野ですが、本社は東京の丸の内にあります。
丸の内は三菱ケミカルやAGCなど、化学メーカーの本社が多い場所でもありますね。
連結売上高は2兆4,149億円と兆超え企業で、化学業界屈指の高収益企業として有名です。特に投資家の間で人気の高い企業になります。
製造業の会社といえば、キーエンスか信越か、というぐらいですね。
また、時価総額は13兆円を超えており、化学業界どころか日本を代表する企業の一つでもあります。
信越化学の歴史…材料を中心に

信越化学の歴史を簡単に説明します。
信越化学は1926年に信越窒素肥料として発足し、石灰窒素とカーバイトの製造から始まりました。
その後1940年に現社名となり、1953年に日本で初めてシリコーンを事業化しました。
そして現在の稼ぎ頭である塩ビは1957年、半導体シリコンは1960年に製造を開始しています。
その後、1973年に塩ビのアメリカ拠点となるシンテック社が操業を開始、そこからは合成石英やフォトレジスト、ペリクル、マスクブランクスなど半導体に関連する様々な材料や、液状フッ素エラストマーのように独自性の高い製品などを生み出しています。
信越化学の経営状況

信越化学を象徴するのが数字です。
昨今の事業環境の悪さにあえぐ他社をしり目に、右肩上がりの成長を見せているだけでなく、直近の売上高営業利益率は驚異の29%、純利益率に換算しても20%台を維持しています。
製造業では営業利益率が10%を超えたら優秀な企業といわれる中、信越化学は群を抜くレベルの高さとなっています。
さらに、売上高だけでなく財務も強く、直近1年で設備投資に4000億円ほど使用しているにもかかわらず、自己資本比率は80%越え、純資産は4兆円越えと、あらゆる面で隙がありません。
信越化学の事業セグメントと利益構造

信越化学の強さを分析するため、事業セグメント別に数字を見ていきます。
上記の画像は、左の円グラフが売上高、右が営業利益です。
信越化学には4つの事業部がありますが、売上高と営業利益のグラフを比較すると形がほぼ同じです。
つまり、信越化学は特定の事業だけで稼いでいるわけではなく、すべての事業で効率よく稼げているのがわかります。
実際に数字にしてみると、どの事業セグメントも非常に営業利益率が高く、一番低い加工・商事・技術サービス事業でも18.9%と驚異的な数字です。
信越化学の事業部と主要材料

信越化学の事業部と主要材料についてです。
信越化学の事業部は3つ。
- 生活環境基礎材料事業
- 電子材料事業
- 機能材料事業
信越化学の主要材料とそれを取り扱っている事業部はこちら。
材料 | 塩ビ | シリコンウエハー |
事業部 | 生活関連基盤材料事業の塩ビ部 | 電子材料事業の半導体部 |
一方で、信越が強味を持つ材料にシリコーンがあります。
こちらは電子材料事業と機能材料事業の複数部署にまたがって取り扱われていることからも、信越化学にとって重要な材料であることがわかります。
ここからは、塩ビ、シリコンウエハー、シリコーンについてそれぞれ解説していきます。
塩ビ(ポリ塩化ビニル・PVC):4大汎用樹脂

まずは塩ビについてです。
塩ビは塩化ビニル樹脂や塩化ビニルポリマーといわれ、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリスチレンとならぶ4大汎用樹脂の一つに数えられます。
塩ビの製法
エチレンと塩素を反応させると塩化ビニルモノマーが生成し、塩化ビニルモノマーを重合させるとポリ塩化ビニルができます。
また、塩ビは樹脂の中でも特に耐水性や耐薬品性、耐溶剤性に優れていることから、特に住居や建物用に向いているとされています。
塩ビの用途
水道管や樹脂窓、ビニールハウスなどの建物用に加えて、車のインパネや家の壁紙、電線のカバーなどです。
塩ビの収益性比較

塩ビは信越化学の主力製品の一つになっています。
どのぐらいの強さを誇るのかを考察するために、他の総合化学メーカーとの収益性を比較します。
信越化学で塩ビは汎用樹脂の一つになりますので、他社の石化事業と比較しました。
石化事業の売上高を横軸に営業利益率を縦軸に比較すると、信越化学だけ群を抜いて収益性が優れていることがわかります。
これは、圧倒的な低コストで塩ビを製造できている為だといわれています。
塩ビの高収益性:圧倒的な低コスト生産体制

低コストの生産体制を確立した秘訣について、歴史をたどってみます。
塩ビ製造の重要な拠点であるアメリカのシンテック社ができたのが1974年で、当時信越は後発メーカーでした。
①そこから生産量を拡大するために第二工場の建設を決定し、2000年から稼働し始めます。
ところが、当時の塩ビ製造方法は塩化ビニルモノマーを他社から買ってきて重合させる方法を取っており、競争優位性に欠けていました。
②そこで信越は塩ビモノマーの内製化に着手し、2008年にアメリカ国内で初めて、塩の電気分解からポリ塩化ビニルを一貫製造できる体制を確立しました。
③なお、2000年代といえばシェール革命が起きた年代であり、米国の周辺で良質な天然ガスが取れることがわかり、資源開発が活発になってきたころでした。
とはいえ革命初期はまだまだ天然ガスが割高だったものの、信越は将来的に天然ガスが主役になるときが来ると考え、エチレンの内製化を検討し始めます。
④そして、2020年に天然ガス由来のエチレンを内製化することで、ポリ塩化ビニルの全原料一貫製造体制を確立しました。
さらに近年のアメリカは住宅建設需要が急増していることもあり、旺盛な需要と低コストな供給体制の掛け算で高収益が生まれているというわけです。
シリコンウエハー

次に紹介する材料はシリコンウエハーです。半導体関連材料の代表格といっても過言ではありません。
シリコンウエハーは、半導体素子に最も使われる材料で、単結晶シリコンのインゴットを1mm程度の厚さに切断して作られます。
AIブームやデータセンタ増設を背景に半導体需要が伸びていると連日報道されている通り、半導体の材料になるシリコンウエハーの生産量は右肩上がりになっています。ちなみに年平均成長率は4.4%といわれています。
シリコンウエハーといえば信越化学というイメージ通り、信越化学のシェアは29%と世界トップです。
ちなみに第二位はSUMCOという日系メーカーなので、シリコンウエハーの世界シェアは日系メーカーが半数以上を占めています。
なぜ信越化学がここまでシリコンウエハーが強いのか
メーカーの公式回答としては長期契約とのことですが、高品質なウエハーを安定的に供給する体制を確立できているという部分が高収益の一つであろうと推察されます。
シリコーン*:信越化学が強みを持つ機能材料

3つ目はシリコーンです。
これから紹介するシリコーンは先ほど紹介したシリコンとは完全に別物で、英語のつづりも異なります。
シリコーンはケイ素と酸素が結合した無機質の構造を有するのが最大の特長です。
無機質のシロキサン結合の存在によって通常の有機樹脂を超えるレベルの耐熱性や耐候性、化学的安定性、電気絶縁性を有します。
また、シリコーンの分子構造は紙に書くとまっすぐになりますが実際にはらせん構造になっており、この構造により撥水性や離型性、耐寒性や低温度依存性などを有しています。
このようにシリコーンは他の樹脂にはないユニークな特性を持つことから、下記のような様々な目的や用途で用いられています。
- 安定性を活かしたシリコーンオイル
- 機能付与を目的とした離型剤、消泡剤などの各種添加剤
- シリコーン自体の活用とした樹脂原料、ゴム加工品
シリコーンの市場規模とメーカー

シリコーンの市場規模と競合情報についても確認しておきます。
シリコーン市場は特にアジアを中心とした需要が根強く、直近5年間では年平均成長率が約8%と堅調に推移しています。
シリコーン業界で信越科学の世界シェア率は13.5%で4位です。
国内では信越化学のほかに、モメンティブ、ダウ東レがあります。
この3社で国内シェア95%といわれておりまして、その中で信越化学は国内シェア首位になっています。
ダウ東レは世界3位のダウと、国内繊維トップの東レとの合弁会社になるため、この3社の中で純日本企業はほぼ信越化学のみといってもいい状況です。
このように、信越化学はシリコーン業界の中ではかなり強いポジションにいることがわかります。
シリコーンの技術が応用された製品たち

シリコーンの設計技術はシリコーン以外の製品にも広く応用されています。
下記に具体的な例を挙げていきます。
アクリル樹脂
- シリコーンを変性→シリコーン由来の耐久性を付与
液状フッ素エラストマー
- シリコーンの設計技術を応用して作られている
- 主に強化される特性 → 低温性・耐溶剤性・耐薬品性
フッ素系添加剤
- シリコーン添加剤の設計技術を応用して作られている。
フォトレジストのレジスト液を平滑に塗工する技術
- 添加剤から得たノウハウを活用(推察)
半導体封止用に用いる粉体や液状のモールド剤
- エポキシ樹脂をメインに設計されている。
- シリコーンの技術を応用→低応力性を付与
このように、シリコーンは信越化学の機能性、電子材料製品を広く支える重要なポジションを担っています。
信越化学が強い製品その他

その他、信越化学が強味をもつ製品について、下記で簡単に説明します。
フォトマスクブランクス
- 半導体上に回路を形成するための原版であるフォトマスクの材料。
- 世界シェア率2位。
合成石英
- 電子材料におけるあらゆる基板の材料。
- 世界シェア率1位。
セルロース誘導体
- セルロースを変性することで水や溶剤などに溶けるようにしたもの。あらゆる産業に利用される。
- 世界シェア率2位。
防虫用合成フェロモン
- 害虫の繁殖を阻害するフェロモンを出す製剤。(画像内、リンゴの左にある赤いひものようなもの。)
- 世界シェア率1位。
シリコンウエハーを収納するケース
- 世界シェア率一位。
このように、あらゆる製品で世界シェア上位を取れていることがわかります。
信越化学の強さの秘訣:仕事の本質を追求する

ここまでで、信越化学は強いところだらけなことが分かったと思いますが、なぜこんなに強いのかについては、「仕事の本質を追求する」という1点になるとはっきり言われています。
信越化学の斎藤社長曰く、「信越化学が強い製品には信越しか作れないものは特になく、おまけに製法はほぼ同じである」とのことです。
信越ならでは強みを大別すると下記の3つになります。
- 当たり前のことを当たり前にやる、凡事徹底をしていること。
- 余計なことにリソースを割かないこと。
- コスト意識を徹底した少数精鋭の組織を作っていること。
とくに信越らしいのが2番目で、信越化学は中期経営計画を発表しない珍しいメーカーです。他社の例では三井化学ぐらいでしょうか。
また、決算発表の際に通例として作られる決算説明資料もなく、信越化学は最低限の資料を決算短信の中に入れているだけと、まったく飾り気がありません。
ただ見た目を飾るだけの仕事だけは余計なことだからしないということですが、こういう姿勢はなかなかできることではないので純粋にうらやましいです。
このような、仕事の本質を追求する姿勢については前会長の金川氏の影響が大きいとされ、現社長の斎藤氏も基本路線を継承しているとのことで、個人的には今後も信越は強い企業でありつづけそうだと思っています。
信越化学の年収

最後に信越化学の年収を見てみます。
この数値は信越化学の有価証券報告書から持ってきています。
平均年収は887万円となっており、化学業界では2位の水準になっています。充分高いことは高いのですが、半導体の関連企業は1000万円越えというところも多く、これだけの高利益をたたき出している割には控えめな印象です。
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